荒木 征二 の ブログ

高崎での日々をつれづれなるままに書き連ねています。

飯舘村

 今日は一日お休みをいただきまして、福島県飯舘村にやってきました。高崎市から災害派遣で出向中の友人を訪ねる旅です。

 前日、飯舘村入りしまして、宿泊体験館「きこり」に投宿しました。この宿泊体験館きこりは2017年5月に営業再開したばかりということで、まだ素泊まりしかできない状況での営業です。もし、宿泊をお考えの方はご注意ください。部屋には冷蔵庫と電子レンジがありますので、僕の場合は全く問題ありませんでしたが。

 

 さて、飯舘村は2011年3月に福島原発事故発災から全村避難となり、この間は放射能汚染との戦いの連続だったとのこと。今もなお、いたるところにトン袋が3段積み、5段積みされてシート養生されて野積みされていますし(汚染された土壌や廃材など)、減容プラントもフル稼働中。民家の取り壊し(あと、再築・新築もあります)、道路の補修等々が進んでいて、放射能汚染との戦いはまだ終わっていないことを改めて感じさせます。なんでも、全村で人口6000人のところに、作業員は毎日8000人入っているとかいないとか・・・ これは多少誇大表現かもしれませんが、たしかに作業員はかなり入っているようです。

 

 案内していただき、飯舘村の今の状況をくまなく見させていただきました。新たなセンターコアとなりつつある役場周辺地区、土壌の入れ替えのために丸々一山が消えてしまった跡、今なお帰宅困難地域に指定されている長泥地区、そんな中でも花を植え、育て続けている人。そして、困難な時期にもかかわらず営業再開に踏み切ったうどん屋さん。

 はじめてひょろりと来た僕がいきなり当事者意識を持つことはできませんし、ここで暮らそうとしている人たちの思いをここで代弁することもできません。してはいけないと思います。ただ、飯舘村の復興は本当にまで道半ばなのだということは、よく分かりました。

 帰村は徐々にではありますが進んでいるようです。でも、元の世帯数のまだ1割ほどとのこと。

 最後に、飯舘村で目にしたもので、とても印象的だった一文を紹介します。2011年4月に飯舘村長から当時の菅直人総理大臣にあてた提言書のなかの一文です。

 

 「本村は反核の旗手になるつもりはない」

  ハッとさせられ、そして考えさせられる一文です。

  

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宿泊体験館きこり | 入浴・岩盤浴・休憩・宿泊