「明日の高崎」あらき征二

高崎での日々をつれづれなるままに書き連ねています。

ご報告「参議院選挙」

 7月4日に公示され始まった長い長い戦いが終わりました。立憲民主党の一員としてどこまでこの戦いに貢献できたのか。悔しさを胸に秘めつつ、自己反省をしていかなければなりません。

 

 結果は、敗北です。結果を見たときは、とんでもない徒労感に襲われて、群馬で、高崎でリベラルの旗を振ること自体が無駄なことに感じたりもしました。

 一夜明けてみれば、悔しさはあるものの、なにか新しい活力も得られたような感覚もあって、今はやや前向きに捉えられるようになりましたので、自分なりに総括してみようと思います。

 

【結果をみて】

 まず、今回の結果は惨敗ではありません。一部報道にあったように相手方の大勝でもない。6年前、3年前と比較して着実に票を伸ばしていることから、『前進』していることは間違いないです。前回と比較して3ポイント以上投票率が低下した中でも得票を伸ばしてきたという点も評価できます。

 自民王国と言われて久しい群馬・高崎で一回の選挙で快挙をあげることはとても難しいことです。難しいことですが、無理なことではありません。前述のように一回ごとに獲得票を伸ばしているのは事実です。今回は高崎で5万3千でしたから、次回は6万の上を、群馬で28万6千でしたから、次回は30万の上を目指す。こうして一歩一歩、時間はかかるとしても前に進んでいかなければならないのが、僕たちリベラルの戦い方なのでしょう。

 一回の選挙で一発逆転といければ痛快ですが、そんな夢を追わずに、足元しっかりと見据えて進んでいかなければなりません。

 

投票率について】

 僕個人としての反省はまず、投票率向上に貢献できなかったことが挙げられます。

 今回もまた、投票率の低迷に泣きました。西日本では豪雨の影響という外部要因があったからの結果ですが、群馬では期間中に特別強い雨が降ったわけでもなく、雨は理由になりません。

 なぜ選挙に行かないのか。これまでは、めんどくさいからとか、分からないからとか、そもそも選挙していることを知らないとか、なんというか消極的な要因から投票に行かないという人が増えているのだと考えていました。

 でも、今回の選挙戦をしていて少し考えが変わりました。積極的に投票に行かない人たちがいること(矛盾しているようですが)、そしてその数は決して小さくないことを感じました。「選挙になんか行ってやらない!」という一種の意思表示がある。政治に少しでも関わりたくない(投票ですら)と心から思っている人たちが少なからずいるということです。分からなくもない考えです。立憲民主党的に表現すると「政治を諦めている」ということでしょう。これは政治の責任につきます。

 そしてもう一点は、一部の方もSNSで発信しています通り、報道の態度にも疑問があります。選挙が終わってから各紙は一斉に大事な論点を報道し始めています。どうして肝心の選挙期間中に、憲法改正のこと、外交・国防のこと、年金をはじめ社会保障のことなど、市民生活に直接関わる事項を報道しないのでしょうか? そして、示し合わせたように選挙が終わってからこれらを報道し始めて「今回の参議院選挙は年金問題についてが問われる選挙“だった”」と論評するのはなぜでしょうか? 大事なのは選挙期間中です。有権者がしっかりと考え、判断するための材料を提供することであり、今がその時、今が選挙期間中であることをしかと伝えてほしい。

 残念ながら、有権者の方々に知らしめるという点では政治の持つ力は限定的です。ですから報道、特にTVの果たす役割は重要です。その点、某放送協会も含めて期間中の報道はとても消極的だったし、何にそんなに気を使っているのかと疑問を僕は抱きました。皆さんはどのようにお感じになったでしょうか?

 

【高崎におけるリベラルのこれから】

 大勢にのっかっていたい気持ちも分かります。せっかく時間を割いて投票に行ったのに20時には早々に当確が放送されてしまったときの徒労感。わざわざ投票してガッカリするくらいなら、大勢の側に投票すればむざむざとガッカリすることもないし、自分の投じた票が無駄ではなかったことになる。でも、この徒労感を乗り越えていくしかありません。

 僕たちは「諦めないで」と訴えていくしかありません。つらいつらい道のりです。本当に報われにくい道のりです。でも、一人ではありません。

 同じ志を持つ仲間とともに、また一歩ずつ進んでいこうと思います。これからも立憲民主党、そして荒木征二へのご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

  

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