「明日の高崎」あらき征二

高崎での日々をつれづれなるままに書き連ねています。

2016.04.18 高崎JC委員会事業 中心市街地考察

 3月の高崎移住計画に続き、今日は高崎JCの委員会事業で「中心市街地考察」というシンポジウムがあったので出かけてきました。

 講演らしいものはなく、トークが中心の構成。パネラーには新潟県長岡市、栃木県宇都宮市から、それぞれの地域のリーダー、もしくプレイヤーとして活躍されている方+高崎のパネラーのクロストークのかたちで進行していました。

 中心市街地活性化がトークテーマでしたが、それぞれのパネラーの方が、それぞれのステージでの実践を紹介してくれて、とても興味深く聞かせていただきました。

 

 さて、この中心市街地活性化というテーマ、いまとなるととても難しい状況になっているなぁというのが実感です。もともと。そういった感慨のようなものをもっていましたが、今日のシンポジウムをきいていて、ますます実感をふかめました。

 まず、このテーマは歴史がながくなりすぎました。すくなくとも、まちづくり3法(1998)からとしても、20年近くが経過しています。この間、様々なひとたちが、様々な思想や解決法を披露したり、国や学研の世界の方が、各地の事例を成功例として喧伝してきたため、現実に成功した事例はどれなのか、もはやまったくわからなくなっている、というのもこのテーマを難しくしている要因のひとつでしょう。たとえば、昭和レトロで活性化に成功!と喧伝されたものが、実は一過性のものであったことがいまとなるとわかったり、これぞコンパクトシティ! ともてはやされた施策が、その後じつは大変な財政負担の源になっていたり。しかも、成功例!と喧伝されているときには、いやというほど露出されるのに、それが実は・・、という話はまったく取り上げられない、なんてことが往々にしてあり。

 

 こうして長いこと、中心市街地活性化についての云々カンヌンを耳にしつづけ、そしてそれにも時流というかトレンドがあったりして、もう、どれが本当なのかわからない。「まちづくりは自分ごと」というフレーズもよく耳にします。この辺りがいまのトレンドなのだと思うのですが、これにしてもこの先はどうなるものか・・・

 

 などと、このテーマについて書いているとどうしても愚痴っぽくなってしまいますが、いまのところこのテーマに向き合うときの僕の中での入り口は見えています。

 

 「本気で中心市街地を活性化したいという人が果たしているのか? いるとしたらどこに?? 何人いるのか???」

 

 ひるがえって表現すると、

 

 「中心市街地が衰退して、本気で困る人がどこに(ここ大事)、どれだけいるのか?」

 

 です。つまり、中心市街地活性化は高崎市民の真の望みなのかどうかってところからのスタートかなぁ、などとつらつらと思う、今日この頃です。

 

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