「明日の高崎」荒木征二

高崎市議会議員・荒木征二の日々を書き連ねています。

2016.02.16 バスのことを考えてみた

 今日は日中、地域公共交通の将来を考えると銘打ったシンポジウムに出席してきました。そこで、思ったことをつらつらと..

 

 地域公共交通というとまずは鉄道。そしてバス、となりますね。高崎で考えた場合、課題として前面に出てくるのは、やはりバス交通なのだと思います。鉄道については、内実まではわかりませんが、JRは乗降客数の推移を見る限りは堅調。上信電鉄も様々な問題を抱えていることとは思いますが、とにかく今すぐどうにか、という状況でもないようです。と、言いますか、鉄道については僕たちでどうこうできる部分が、とても限られていて、なかなか真正面から取り組んでみることができないのです。柔軟性に欠けるといいますかね。市民レベルでもそうですし、大学などの研究機関でも同じでしょうね。きっと自治体も。

 そういうこともあって、地域公共交通というと、どうしてもバスにフォーカスされる傾向になるのでしょう(バス業界にとってははた迷惑なことかもしれません)。もちろん、地域公共交通の担い手として期待の表れともいえましょうが。

 

 さて、バスです。高崎には、路線バスと市内循環バス「ぐるりん」があります。この「ぐるりん」、学研世界の方々のカテゴリーとしてはコミュニティバスに分類されるものと思いますが、知ってか知らずか、高崎市は「ぐるりん」をコミュニティバスとは謳っていませんね。コミュニティバスとはその名の通り、地域のコミュニティの中から生まれたもの、地域のコミュニティが運営しているもの、少なくとも行政が地域コミュニティとの対話の中からニーズを汲んで運営しているものであるわけです。少なくとも「ぐるりん」については、どの要件にもあてはまりませんから、"コミュニティ"を冠するわけにいかないので、市内循環バスでいいのだと思います。そういう経緯からの名称なのかはわかりませんが、これは余談でした。

 

 本題にもどって。バスの将来については、様々な権威の方々が声高にメッセージを発しています。いろいろなメッセージがあると思いますが、共通していそうなフレーズとして、「供給者目線から利用者目線へ」というのがあります。どこの社がどうのというのではありませんが、「運行してやってる」「補助金出てるから仕方なくやってる」というバス会社の姿勢に対するアンチテーゼですね。僕も、全くもって同感です。

 バスの運転手さんは、とてもじゃないですがイキイキとは程遠い態度で運転していますし、服装もうーん、って感じです。もっとはっきり言えば、運転手さんは乗客を迷惑の対象としか見ていないと思います。実際にそう扱っていますよね。バス車内はいろいろなもので雑然としていて、乗客に対しての親切さの欠片も感じられません。いつのだ、ってくらいすっかり黄ばんだペーパーに料金案内が印刷されていて、それがセロハンテープで貼られてる。この、セロハンテーブで貼られた紙を、「客を寄せ付けない、魔除けのお札」って堀繁先生が仰っていました。言い得て妙。

 ましてやバス停は・・・、もうやめておきましょう、きりがないので。

 

 今日のシンポジウムを聞きながら、僕の頭に浮かんだもうひとつの、というそれ以前の課題があります。

 

 「そもそも高崎の人たちは、バスを好きになり得るのか?」

 

 経済的な利点からでも利用促進を図れるかもしれません。しかし、前提として、バスについてどんな施策を打ち出しても、高崎の人がバスを好きにならなければ、それは無駄なあがきであって、地域公共交通の担い手としてのバスの再生を考えること自体が、筋の悪い課題設定ということになりかねません(人はおしなべて乗り物好き、という人もいますが、それが日常になるかは人々の動機に関わることだと思います)。

 なぜ、バスの好き嫌いを考えなくてはならないのか。それは、データが高崎の、群馬の人の『バス嫌い』を如実に語っているからです。バス嫌いまでは言い過ぎとしても、少なくとも『自家用車大好き』が「バス好き」を大きく凌駕していることに異論はないはずです。高崎の人はバスが嫌い、もしくは移動手段として見下しているということは、全国的にみても他を圧倒する速さで自家用車の普及が進んだ過去の経緯を見たら、一目瞭然ではないですか。

 

 今は違うのかもしれません。確かにそうです。ただ、高崎の人にバスが愛されるかどうか、見極めることが大切だと思うのです。もし、高崎の人にバスが愛されないのだとしたら、それは高崎市民が望んでいないことを行政の理屈で推し進めていることになるのではないかと心配するのです。つまり、無理無駄の押し付けがあってはならないと。

 誤解がないように補足しますと、地域公共交通は要らないと言っているのではないのです。必要です、あった方がいいに決まってます。ただ、その担い手は(今のあの)バスに限らない、場合によっては他の交通モードも考えていかなくてはならないのではないか、と思うのです。

 たとえば、群馬は自家用車保有率が全国ナンバー1です。これってマイナスのことのように揶揄されますが、実はものすごいインフラを持っているとも考えられますよね。確かにこれまでは、一人当たりCO2排出量が大きいなどということで、ご迷惑をお掛けしたかもしれませんが(地球号に)、自家用車の無害化もだいぶ進み、これからも進んでいきます。自家用車が無害化して自動運転化したときにも、果たして高崎の自家用車好きがデメリットと言い切れるか。

 まっ、そこまではまだ考えが及ばないのですが、考えた方がいいことだと思うのです。長々と書き連ねて、最後にまとまりがないのですが、そんなところです。

 

 そこまで嫌か!?ってくらいバスに乗りたがらない人が実際に僕の周りにいーーっぱいいるから、そう考えるのですけどね(たしかにその理由はいちいちもっともなのです)。みなさんの周りはどうですか?

 

f:id:astelope2:20160218112024p:plain